
きょうだいが遠方で頼れず、介護をひとりで抱えた私の体験談

40代になって親の介護が始まったとき、「きょうだいが遠方にいるから頼れない」。そう思い込んでいましたが、振り返ってみると少しちがいます。遠方であることを理由に、相談するという選択肢を、私が自分でそっと消してしまっていたのです。それは性格が弱いからではなく、状況がそうさせていただけでした。今日はその気づきに至るまでの、私自身の介護体験談きょうだい遠方の話をお伝えします。
「きょうだいは遠方だから仕方ない」と思い込んでいた最初の数ヶ月

親の介護が始まった当初、きょうだいは新幹線か飛行機を使わないと来られない距離に住んでいました。仕事と子育てで身動きが取れない事情も知っていたので、最初から頼るという発想自体が浮かびませんでした。夜、通院の予約変更で何度電話しても繋がらず、結局ひとりで受付にかけこんだ日があります。検査結果を聞く待合室で、隣に誰もいない椅子を見つめていた時間が、今でも胸に残っています。物理的な距離は、想像していた以上に心の孤独を広げていきました。
なぜ私は「相談する」より「抱え込む」を選んでしまったのか
当時の私は「自分は抱え込みやすい性格だから」と自己完結させていました。でも、そう単純な話ではなかったと今は思います。近くに住んでいる者が担うのが当然だという、誰も口にしないのに確かにある空気。そして、遠方のきょうだいに負担をかけたくないという罪悪感。この二つが静かに積み重なって、私に「相談しない」という選択を取らせていたのです。性格の弱さではなく、距離と役割分担のあいまいさが生んだ構造だったと、今なら言えます。
民法877条という言葉を知ったとき、何かが変わった
あるとき、扶養義務は同居しているかどうかに関係なく、きょうだい全員にあると知りました。民法877条という条文の存在を知った瞬間、法律を振りかざしたいと思ったわけではありません。ただ、「これは私だけが背負う問題ではなかったのだ」と、肩の力がすっとぬけた感覚がありました。誰かに教えてもらうまで、私はずっと自分ひとりの課題だと思い込んでいたのです。
きょうだいに”分担”を求めるのをやめた日

それから私は、きょうだいに完全な分担を求めるのをやめました。代わりに、できる範囲での関わり方を提案し直したのです。介護費用の一部を援助してもらうこと、月に一回は必ず電話で様子を伝え合うこと、通院の予約手続きを遠方からでも代理でお願いすること。あわせて、自分自身も仕事を続けられるよう、時短勤務への切り替えを職場に相談しました。介護離職を避けるための小さな見直しが、結果的にきょうだいとの関わり方も整理してくれました。
きょうだいと状況を共有するときは、そのつど口頭で説明し直すよりも、体調の変化や通院予定、費用のメモを一冊にまとめておくと伝わりやすくなります。遠方のきょうだいにも状況が伝わりやすいよう、介護ノートを一冊用意しておくのもひとつの工夫です。介護ノートをAmazonで探す
決断のあと、きょうだいとの関係はどう変わったか
分担の形を変えた直後は、正直ぎくしゃくしました。「なぜ急にそんな話をするのか」と、揉めかけた場面もあります。ですが、ケアマネジャーに間に入ってもらい、介護の状況を定期的に共有する仕組みを続けました。すると少しずつ、きょうだいの側からも「今度そちらに行くときは何をすればいい?」と聞かれるようになったのです。関係は元通りにはなりませんでしたが、以前よりも風通しのよいものに変わっていきました。
ひとりで抱え込んでいる人に伝えたいこと
もしかしたら、あなたも同じように、遠方のきょうだいを持ちながらひとりで抱え込んでいるかもしれません。それは、あなたの性格が弱いからではありません。地域包括支援センターなど、外部の相談窓口は思っている以上に身近にあります。まずは家族以外の誰かに話してみること。それだけで、見えてくる景色が変わることがあります。
遠方のきょうだいとどう役割分担していくか迷ったときは、遠距離介護の実践的な工夫をまとめた本を読んでみるのもひとつの方法です。同じ悩みを抱えた人の工夫を知ることで、気持ちが少し軽くなることもあります。遠距離介護に関する本をAmazonで探す
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今回は、きょうだいが遠方という個別の状況についてお話ししましたが、その奥には介護中の孤独という、もっと大きなテーマが横たわっています。そちらについては介護中の孤独、誰にも言えなかったで詳しく綴っていますので、あわせて読んでいただけたらうれしいです。

