親の介護を始めてわかったこと。あの頃の私に伝えたい5つのこと

岩の上に座り遠くを見つめる女性 体験談・インタビュー

親の介護を始めてわかったこと 40代の体験談

介護が始まった最初の頃、私はよく夜中に「介護 何から始める」と検索していました。スマホの画面を布団の中で眺めながら、どこか他人事みたいな気分で。でも、現実は全然他人事じゃなかった。

あれから数年が経ちました。今も介護は続いています。でも、あの頃と今では、同じ「介護」という言葉でもずいぶん意味が変わりました。

振り返ると、あの頃の私は本当に必死だった。必死だったくせに、必死だということにすら気づいていなかった。今日は、そんな私がわかったこと——始めてみないとわからなかったこと——を、正直に書いておこうと思います。

親の介護を始めてわかったこと——あの頃の私に伝えたい5つのこと

「後悔している」という話ではありません。ただ、あの頃の自分に少しだけ声をかけてあげられるとしたら、こんなことを伝えたかった。

①「突然始まる」は知っていた。でも、本当に突然だった

介護は突然始まる——そういう言葉は、どこかで読んだことがありました。でも読んだだけで、本当のことはわかっていなかったのです。

父が倒れたのは、私が42歳の秋でした。朝、普通に仕事に行って、普通に帰ってきて、夕食の途中でかかってきた電話。「お父さんが救急車で運ばれた」という言葉を聞いた瞬間から、私の生活は変わりました。

翌日、病院へ行って、ソーシャルワーカーの方に話を聞いて、「退院後のことを考えましょう」と言われて——そこで初めて気づきました。介護保険って、何? ケアマネって、誰? 要介護って、どうなると認定されるの?

何もわからないまま、とにかく動いた最初の1週間は、今でもよく覚えています。メモ帳に書ききれないくらいの制度の名前。役所の窓口で何度も説明してもらっても、半分くらいしか頭に入ってこなかったこと。それでも「ちゃんとしなければ」という気持ちだけで、走り続けていました。

あの頃の私に伝えたいのは、「わからなくて当然だから」という一言です。親の介護を始めた最初の頃、知識がないのは普通のことです。慌てなくていい。焦らなくていい。ただ、わからないことをわからないと言える場所を、早く見つけてほしかった。

②「全部自分でやろう」と思っていたあの頃の私へ

在宅介護が始まった最初のころ、私はほとんど全部自分でやろうとしていました。ヘルパーさんを頼む、デイサービスに行ってもらう——そういう選択肢は頭にあったけれど、どこかで「他人に任せるのは申し訳ない」という気持ちがありました。

父に申し訳ないのか、ヘルパーさんに申し訳ないのか、今思えばよくわからないのですが、とにかく「自分でやらないといけない」という感覚がずっとありました。朝の着替えを手伝い、薬の管理をして、食事を作り、夜の就寝介助をして——気がついたら、仕事以外の時間のほぼすべてが介護になっていました。

転換点は、デイサービスの見学に行ったときのことです。父が他のご利用者さんと笑いながら将棋を指しているのを見て、「ああ、ここには私にはできないことができる」と思いました。私がそばにいるよりも、父が楽しそうにしている。

頼ることは、逃げることじゃない。そう言葉にしてみると当たり前のようですが、体でそれを理解するまでに、だいぶ時間がかかりました。在宅介護の40代のリアルとして、「全部やろうとする」という無意識の思い込みが一番最初の壁だったかもしれません。

あの頃の私に伝えたいこと——「任せることが、父のためにも自分のためにも、いい選択になることがある」

③ケアマネとの最初の会話で、私は何も言えなかった

担当のケアマネジャーさんが初めて家に来てくださった日のことを、今でも少し恥ずかしい気持ちで思い出します。

「では、今のお父様の状況を教えてください」と言われて、私は手元のメモを読み上げることしかできませんでした。本当に聞きたかったこと——「夜中に起きてしまうのは、どうすればいいですか」「薬を嫌がるときはどうしたら」「私が限界になりそうなとき、どこに言えばいいですか」——そういう言葉が出てこなかった。

あとから気づいたのですが、最初の頃の私は「ちゃんとしなければ」という気持ちが強すぎて、「わかりません」や「困っています」を言うことを怖がっていました。ケアマネさんはプロだから、弱音を言うと迷惑をかけてしまうと思っていたのです。

でも実際は逆でした。困っていることを正直に言うほど、ケアマネさんからの提案が具体的になりました。「ちゃんとやっています」という態度でいるときよりも、「こんなことで悩んでいます」と打ち明けたときの方が、ずっと助けてもらえた。

あの頃の自分へ。ケアマネさんは敵じゃない。全部話していい人だよ。

最初の頃、「何をどう伝えるか」を事前に整理しておくのが難しくて、いつも当日あわてていました。こういう手帳が手元にあったら、もう少しうまく動けたかもしれないと今でも思います。介護する人のための手帳をAmazonで見る

介護の孤独 誰かの言葉に救われる体験

④介護の「孤独」は、誰かに言葉にしてもらうまで気づかなかった

介護を始めてから半年くらい経ったころ、ある介護者のブログを読んで、泣きました。理由がすぐにはわからなかった。ただ読んでいたら涙が出てきて、しばらく止まらなかった。

あとからわかったのですが、その記事に書いてあったのは、私が感じていたけれど言葉にできていなかったことでした。「誰もわかってくれない気がする」「介護の話をしても伝わらない」「笑い話のふりをして話すしかない」——読んだ瞬間、「これ、私のことだ」と思った。

介護の孤独は、ひとりでいることとは少し違います。職場に行って、友人と話して、家族もいるのに、どこかずっと「わかってもらえていない感覚」が続く。介護をしていない人に介護の話をするのは、どこかうまく伝わらない気がして、だんだん話さなくなる。

そうやって少しずつ、言葉にする場所が消えていくことに、私は気づいていませんでした。「なんか最近疲れた気がする」ぐらいの感覚でいたのです。

同じ境遇の人のブログや文章に救われた体験として、あの涙は今でも大事な記憶です。誰かに言葉にしてもらうことで初めて「自分がこういう状態だった」とわかる——介護をしている40代のリアルは、なかなか言語化されることがないだけに、見つけたときの救われ感は大きかった。

あの頃の自分へ——孤独を感じていいし、それを誰かに話していい。「介護者の孤独」に名前がついているということは、あなただけじゃないということだよ。

「介護って、こんなに孤独なものなんだ」と感じていた頃、この本を読んで少しだけ楽になりました。夫婦で10年間の介護を漫画と文章で綴った記録で、「自分だけじゃない」という感覚をリアルに届けてくれます。「親の介護、10年め日記。」をAmazonで見る

⑤「慣れてきた頃」が、一番危なかった

介護を始めて1年ほど経つと、不思議なことに「慣れてきた」という感覚がありました。制度もわかってきた。父のリズムもわかってきた。ケアマネさんとも連絡が取りやすくなった。

「なんとかなってきた」と思っていたあの頃、振り返ると私は一番ぎりぎりの状態でした。

慣れてきたことで、「これくらいなら大丈夫」という基準が上がっていたのです。以前なら「きつい」と感じていたことが「まあ普通」になって、以前なら「誰かに言おう」と思っていたことが「このくらいで弱音を吐くのは甘えだ」になっていた。

慣れた頃に特有の危うさがあります。疲れに気づかないまま積み重なること、「大丈夫じゃない」サインを見落とすこと。そして、「頑張れている自分」に自分でOKを出し続けてしまうこと。

あの頃の自分に言いたい——「慣れた」と「余裕がある」は、全然違うよ。慣れてきた頃こそ、ちゃんと立ち止まって自分のコンディションを確認してほしかった。

あの頃の自分へ——「正解じゃなくても、ちゃんとやっていたよ」

介護に、正解はなかったと思っています。

ヘルパーさんに任せることが正解だったのか、あのとき自分でやり続けたことが失敗だったのか——今でもわかりません。ケアマネさんにもっと正直に話せばよかった、という気持ちも残っています。

でも一方で、あの頃の私は、あの頃の自分なりに、全力だったとも思います。がむしゃらに動き、わからないながらも前に進み、泣きながらも次の朝には父の顔を見に行っていた。

もしあの頃の自分に会えるとしたら、「正解じゃなくても、ちゃんとやっていたよ」と伝えたいです。それだけです。

今、介護を始めたばかりのあなたへ。もしかしたら今、私のあの頃と似たような状況にいるかもしれません。わからないことだらけで、誰かに相談したくて、でもうまく言葉にできなくて。

それで、ちゃんとやっています。今のペースで、いいと思います。