
「いつもと違う」と気づいた日から、私は母の認知症の記録をつけ始めた


母がまったく同じ話を、その日のうちに何度も繰り返したことがありました。最初は聞き流していた私も、さすがに引っかかりを覚えました。あの日から、母の言葉や行動を少しずつノートに書き留めるようになりました。何が変わったのか、いつから変わったのか。当時の私には、それすら判断がつきませんでした。記録だけが、あとになってそれを教えてくれました。
何度も同じ話をする母に、最初は「年のせい」と思っていた


はじめに気づいたのは、些細な生活の場面でした。買い物に行った母が、同じ調味料を三つも買ってきたことがありました。冷蔵庫を開けると賞味期限の切れた食品が並び、鍋を火にかけたまま忘れてしまうことも増えていきました。約束していた時間に来ないので電話をすると、約束そのものを覚えていないこともありました。最初はどれも「年のせいだろう」「疲れているのかもしれない」と、私は自分に言い聞かせるようにして受け止めていました。同じ話を数分のうちに繰り返すことが増えたときも、笑って聞き流していたのを覚えています。政府広報オンラインによると、同じことを何度も言う・尋ねる、物忘れが原因で日常生活の失敗が増える、といった変化は認知症の初期症状のひとつとして紹介されています。振り返ってみると、あの頃すでにサインは出ていたのだと思います。
「老化によるもの忘れ」と「認知症のはじまり」、境目が分からなかった
物忘れが増えたからといって、それがそのまま認知症だと決めつけていいのか、私には分かりませんでした。年齢を重ねれば誰でも忘れっぽくなる部分はありますし、母を「認知症」という言葉で決めつけることに、どこか抵抗もありました。調べていくうちに知ったのが、正常な老化と認知症のあいだには「軽度認知障害(MCI)」と呼ばれる段階があるということでした。東京都健康長寿医療センターの情報によると、MCIの状態から認知症に進む人は年に5〜15%程度、逆に正常な状態に戻る人も年に16〜41%程度いると言われています。もの忘れが増えたことが、すぐに認知症を意味するわけではないようです。ただ、この境目は自己判断が難しく、気になる変化があるときは医療機関に相談して確認してもらうのが一番だと今は思っています。母を病院に連れていくべきかどうか、しばらくのあいだ、ひとりで悩み続けていました。
「娘」から「介護者」へ変わっていく戸惑い


変化に気づいてからも、私はすぐには動けませんでした。母は昔から気丈な人で、「大丈夫、自分でできる」と言って、私が手を貸そうとするのをやんわり拒みました。娘の私も、母の生活に踏み込みすぎることに、どこか申し訳なさのような感情を抱いていました。財布の中身を確認したり、通院に付き添おうとしたりするたび、「そこまでしなくていい」という空気を感じ、手を引っ込めてしまうことが何度もありました。それまで私にとって母は、頼る対象であって、支える対象ではありませんでした。その関係が少しずつ入れ替わっていく感覚は、想像していたよりもずっと戸惑いの大きいものでした。娘として接すればいいのか、介護する側として接すればいいのか、自分の中でも整理がつかないまま、日々は過ぎていきました。母のプライドを傷つけたくないという思いと、放っておけないという思いのあいだで、何度も気持ちが揺れました。
何から書けばいいか分からず、まず「今日あったこと」だけを記録した
このままではいけないと思い立ち、ノートに母のことを書き留め始めたのは、ちょうどそんな時期でした。何をどう書けばいいのか、最初はまったく見当がつきませんでした。感情から書こうとすると、不安や苛立ちばかりが先に出てきて、手が止まってしまいます。そこで私は、感情は脇に置いて、「今日あったこと」だけを淡々と書くことにしました。何時ごろ、何をして、それが何回目だったか。それだけを短い文で残していきました。「10時 同じ話を三回」「買い物から同じ食材が二つ」というように、事実だけを並べる形です。感想や評価を挟まずに済むので、続けるハードルがぐっと下がります。忙しい日は一行だけの日もありましたが、それでも構わないと自分に言い聞かせながら、記録だけは途切れさせないようにしていきました。手帳のすみに書くだけでもいいのだと気づいてからは、続けることへの抵抗がだいぶ小さくなりました。
最初は市販のノートに手書きで始めましたが、あとから振り返ると「日付」「できごと」「回数」を書く欄があらかじめ用意されている介護記録ノートのほうが、続けやすいという声もよく聞きます。忙しい日でも一行だけ書き込めばいい形式なので、私と同じように記録のハードルを下げたい方には向いているかもしれません。介護記録ノートをAmazonで探す
3ヶ月分の記録を読み返して、はじめて見えた変化
3ヶ月ほど記録を続けたころ、ふと読み返してみる機会がありました。毎日のなかでは気づけなかった変化が、まとめて見るとはっきり浮かび上がってきました。同じ話を繰り返す頻度が、最初の月より明らかに増えていること。逆に、火の消し忘れのような行動は、対策をしてから減っていたこと。日々のなかでは「今日は調子がいい」「今日はよくない」と一喜一憂するばかりでした。ですが3ヶ月分をまとめて見ることで、進んでいる部分と、あまり変わっていない部分の両方が見えてきました。この記録は、通院のときに医師へ状況を伝える際にも役立ちました。「最近どうですか」と聞かれても感覚だけでは答えづらいものですが、記録があれば具体的な頻度や場面を伝えられます。家族に母の様子を共有するときも、記録を見せるほうが言葉だけで説明するよりずっと伝わりやすいと感じました。感覚だけで話していたころには生まれなかった、家族どうしの共通認識のようなものも生まれた気がしています。
ひとりで抱えず、記録を誰かに見せてみる

記録をつけるようになって、もうひとつ気づいたことがあります。それは、この記録をひとりで抱え込む必要はないということでした。地域包括支援センターのような窓口に相談すると、記録をもとに今の状況を伝えられ、利用できる制度やサービスについて一緒に考えてもらえます。最初から完璧な記録である必要はありません。断片的なメモでも、無いよりずっと状況が伝わりやすくなります。ひとりで判断して抱え込んでいた時期の私に、もっと早く誰かに見せてみたらと伝えたいくらいです。介護そのものにもっと向き合いたいと感じたときは、介護のなかで感じてきた孤独についての記事もあわせてどうぞ。記録は、母のためだけでなく、私自身がひとりで抱え込まないための手段でもあったのだと、今は思っています。
記録と並行して、認知症の初期症状や家族としての向き合い方をまとめたガイドブックにも目を通しておくと、この先どんな変化が起こりうるのか見通しが持てて、自分がつけている記録の意味も理解しやすくなります。専門家の説明を知っておくことで、記録した事実の受け止め方が少し変わってきました。認知症 家族の対応ガイドをAmazonで探す
母の変化に気づいた日から始めたささやかな記録は、今も少しずつ続いています。完璧でなくてもいい、思い出したときに書くだけでもいい。書くことで少し気持ちが整理される日もあれば、書いても答えが出ない日もあります。それでも、記録を続けてきたことは、確かに私自身を支えてくれました。同じように「いつもと違う」と感じている方にとって、記録を始める小さなきっかけになればと思います。

