
近居なのに、介護に来ない——車で15分の距離に姉が住んでいます。
15分あれば着ける。でも、姉はほとんど来ない。週に一度のLINEで「様子どう?」と送ってきて、それで終わりです。近居での介護の役割分担は、とっくに崩れていました。あなたにも、似たような状況がありますか?
近居介護の役割分担は、「近いから来い」という思い込みで崩れていく
近くにいるから、来て当然。その思い込みが、近距離別居の介護をかえって難しくします。遠距離なら「物理的に無理」という諦めがある。同居なら逃げ場がない。でも近距離別居という立場は、「来ようと思えば来られる」のに来ない人と、毎日一人で抱えている人を生み出しやすい特殊な状況です。
「車で15分」がいちばん遠かった
近居といっても、実態はさまざまです。同じ市内、電車で30分、車で15分——。私の場合は車で15分のところに姉が住んでいます。子どもの頃から「将来は姉妹で親の面倒を見よう」なんて話していたこともありました。それが現実になったとき、あの言葉はどこへ行ってしまったのでしょう。
母の要介護認定が出た最初の月、姉は「ちょっとバタバタしてて」と言いました。2か月目も「仕事が落ち着いたら」。3か月目には、私から連絡しなければ一週間連絡がこないこともありました。
「15分なのに」、という言葉が頭の中をぐるぐる回っていました。遠くに住んでいる親戚が来ないのは理解できます。でも15分。高速も使わない、渋滞もほぼない、15分の距離です。その距離が、私には無限に遠く感じられるようになっていました。
「忙しい」という言葉が積み重なるとき
何度か話し合いをしようとしました。でも、姉の返事はいつも「忙しい」でした。「子どもの習い事の送り迎えがあって」「旦那の実家のことがあって」「仕事が繁忙期で」——。理由はいつも違うけれど、結論はいつも同じです。来ない。
私だって仕事があります。自分の生活もある。そして、週3回の母のデイサービスの送り出し、受診付き添い、薬の管理、ヘルパーさんとの連絡調整——これを「暇だからやっている」わけじゃない。
忙しいのはわかる。私だって忙しい。でも近居の介護で役割分担がこんなに偏るのは、忙しさの問題じゃないという気持ちがどんどん積もっていきました。一番つらかったのは、姉が「大変だよね」と言いながら帰ること。わかってる、でも来ない——その矛盾が、言葉では説明しにくい怒りになっていました。
近いから、余計に腹が立つ
遠距離介護の家族が「ごめん、遠くて本当に申し訳ない」と頭を下げているのを見ると、かえって穏やかな気持ちになることがあります。距離が言い訳として機能している分、こちらも「しょうがない」と思えるからかもしれません。
でも、近くにいるのに来ない人への怒りは、そう単純じゃない。「来ようと思えば来られるのに」という事実が、頭から離れないんです。
しかも、近くに住んでいるからか、周囲の人が「近くにお姉さんがいるなら安心ね」と言うことがあります。ケアマネさんに「ご姉妹が近くにいらっしゃるんですね」と羨ましそうに言われたこともある。その言葉のたびに、何か言いたくなって、でも言えなくて、笑顔で「ええまあ」と返す自分がいました。
近居であることが、逆に助けを求めにくくする——これも、近距離別居の介護特有の苦しさだと思います。

役割分担を「見える化」してみた
限界を感じた秋、私は姉に「一度ちゃんと話し合いたい」とLINEしました。姉はすぐに返事をくれて、週末に会う約束をしました。
その日持っていったのは、過去3か月の介護記録です。デイサービスの日程、受診の日時、薬の種類と管理方法、ヘルパーさんへの引き継ぎメモ——A4用紙2枚にまとめました。こういう連絡ノートを使って記録していたことが、後から振り返るときに本当に助かりました。
「これ、私が毎月やってること」と差し出したとき、姉は黙って見ていました。「知らなかった」と言いました。
知らなかった。その一言で、少し力が抜けました。責め合うのをやめて、「じゃあどうする」という話に移れたのは、あの「知らなかった」があったからかもしれません。
結果として決まったこと:姉は月2回、土曜に来て母と過ごす。介護費用の一部を月々振り込む。緊急時の連絡先を私と共有する——それだけでした。完璧な分担とは言えません。でも「役割がある」ということが、姉の当事者意識を少し変えた気がします。
介護の記録を続けることが、「見えない負担を見える化する」第一歩になると実感しています。私が使っていたのはこういったノートです。
デイサービスの記録、体温・血圧、食事内容、家族への伝言——一冊にまとめておくと、兄弟に「今どれだけやっているか」を具体的に伝えやすくなります。感情論ではなく、事実として見せることが、役割分担の話し合いの土台になります。
【山本利也(ケアマネージャー)からのひとこと】
近居の家族は「一番動きやすい立場」だと周囲から思われがちです。ただ、動きやすいことと動く義務があることは全く別の話です。施設でご家族と面談していると、近くにいる兄弟姉妹が「来て当然」と言われ続けて燃え尽きるケースを何度も見てきました。介護記録を使って負担を「見える化」すること、そしてケアマネに家族全員で話し合う場を設けてもらうことを、ぜひ早めに検討してほしいと思います。
「近いから来い」は理由にならない
近居で介護をしている家族が一番傷つくのは、「近いんだからできるでしょ」という言葉かもしれません。近いことは、来なければいけない理由にはならない。
あなたが一人で抱えてきた時間は、本物です。「なんで私だけ」という感情は、おかしくないし、弱さでもない。
近距離別居の介護は、遠距離でも同居でもない分、助けを求めにくく、不公平感も見えにくい。だからこそ、まず「現実を見せる」ことが、役割分担を動かす第一歩になるかもしれません。
私は今も、姉との分担に完全には納得していません。でも、一人で抱えていたころより、少しだけ楽になっています。あなたもどうか、一人で背負い込まないでほしいと思います。
近距離別居での介護の葛藤について、もう少し深く知りたい方にはこちらの本もおすすめです。介護が引き起こす兄弟間の亀裂と、そこから家族がどう向き合うかを描いたノンフィクションで、「自分だけじゃない」と思える一冊です。

