親を施設に入れた日のこと。あの決断を後悔しなくなるまで

体験談・インタビュー

親を施設に入れた決断の体験談—ケアマネと家族の会話シーン

親を施設に入れた「あの日」—決断の体験談と、罪悪感が消えるまでの話

介護施設への入居を決めた体験談イメージ

「親を施設に入れた 決断 体験談」で検索してこの記事にたどり着いた方は、今まさに悩んでいるか、あるいはすでに入れてしまって「あれで良かったのか」と自問しているかのどちらかだと思う。

私は2022年の秋、母を精神科病院に入院させた。建て付けは「アルコール依存症+認知症」という形にしてもらった。当時46歳だった私は、ひとりで西新の修理店を経営しながら、朝晩の母の様子確認を続けていた。兄はすでに他界。妻はヘルニアで動けない。実質、私ひとりだった。

あの決断が正しかったのか、今でも完全にはわからない。ただ、2023年の秋に母が病院で穏やかに逝ったとき、「最後まで専門的なケアを受けられた」という事実だけは残った。これはその話だ。

「まだ在宅でいける」と思っていた頃の話

在宅介護を続けていた頃の家族のイメージ

ヘルパーが入り始めてからしばらく、私は「これで回るな」と思っていた。週に何度か来てもらって、買い物や食事の準備を頼む。母の状態は決して良くなかったけれど、悪化もしていないように見えた。

それが崩れたのは、深夜の電話が増えてからだ。「誰かが家に入ってきた」「財布がない」—認知症特有の訴えが、夜中の2時や3時にかかってくる。翌朝9時には修理店を開けなければならない。接客中に母からの着信がくると、手が止まる。お客さんに申し訳ない気持ちと、母を放っておけない気持ちが同時にきて、どちらにも集中できない。

「誰かに頼ればいい」と言われても、頼れる人がいなかった。両親は離婚していて親族がいない。兄は亡くなっている。妻は腰が限界だった。訪問介護のヘルパーさんは週に数回、時間が決まっている。それ以外の時間は空白で、その空白を私が埋めるしかなかった。

「まだいける」と思っていたのは、たぶん限界を認めたくなかったからだ。在宅を続けることが「正しい選択」だと、どこかで思い込んでいた。

施設を選んだ、あの夜の経緯

転機は、担当ケアマネからの一言だった。

「石井さん、正直に教えてください。今、睡眠は取れていますか」

その問いに、私は答えられなかった。「取れています」と言えなかった。週に2〜3回は夜中に電話で起こされていた。昼間は修理の仕事があって、横になれない。累積した疲労と睡眠不足で、施設への相談を考えるよりも先に、自分の状態がおかしくなっていることに気づいていなかった。

「アルコール依存症と認知症が重なっているケースであれば、精神科病院という選択肢があります」とケアマネが続けた。「在宅でのサポートには限界があるし、今の状態では石井さん自身が先に倒れます」

その夜、私は何時間もベッドの中で考えた。「施設に入れる=見捨てる」という感覚が消えなかった。元看護師だった母が「老人扱いされるくらいなら死んだほうがまし」と言っていたのを覚えていたから、余計に。

でも翌朝、ケアマネに電話して「お願いします」と言った。自分でも驚くくらいあっさりした声だった。限界を認めたとき、人はそういう声になるのかもしれない。

入居直後、「間違いだったかもしれない」と思った話

施設入居直後の不安を感じる家族

最初の面会は入院から2週間後だった。

「なんでここに入れたんや」

母はそう言った。穏やかな声だったが、目が怒っていた。認知症が進んでいても、「自分が施設に送られた」という事実はわかっていた。

老人ホームに入れた後の罪悪感—検索ワードとして存在するくらいだから、同じ気持ちを抱えた人が大勢いるということだ。私もその一人だった。帰りの車の中で、泣いた。信号待ちで涙が止まらなくて、しばらく発進できなかった。

「正しかったのかな」と何度も考えた。在宅を続ければ良かったのか。もう少し頑張れたのか。でも現実には、入院前の私は深夜に電話が来るたびに体が固まるようになっていた。恐怖というより、消耗し切っていた。選択肢が「このまま続ける」か「手放す」かしかなくなっていた。

きれいごとを書くつもりはない。あの頃は「間違いだった」と本気で思っていた。

罪悪感が薄れていった理由

罪悪感が薄れていく穏やかな日常

変化を感じたのは、入院から3ヶ月ほど経った頃だった。

面会に行くと、母の表情が落ち着いていた。在宅のときのような、夜中に「誰かが来た」と怯える様子がない。食事もとれている。スタッフから「最近は他の患者さんと話すこともある」と聞いた。

私が在宅で対応していたとき、母の状態はどんどん悪化していた。深夜に何度も起こされて、昼間は放置に近い状態になることもあった。「施設入居を後悔しない」という感覚と結びついた瞬間だった。私が頑張ることが、母にとっての最善ではなかったのかもしれない。

半年後、母は私の顔を見て「来てくれたんや」と言った。それだけだったけれど、怒りは消えていた。

施設のケアマネとして、家族が入居を決断する場面に何度も立ち会ってきました。罪悪感を抱えて面会に来られる方はとても多い。でも私はそれを「愛情の証拠」だと思っています。無関心な家族は罪悪感を感じません。苦しいということは、それだけ真剣に向き合ってきた証です。施設に入れた後も、あなたは一番大切な家族であり続けられます。

山本利也(介護支援専門員)

同じ葛藤を抱えているあなたへ伝えたいこと

体験から導いた、3つのことを書いておく。

1. ケアマネに「施設という選択肢」を正直に相談してほしい
私は限界を超えてから相談した。もっと早く「在宅がしんどい」と言えば良かった。ケアマネは責める人ではなく、選択肢を広げてくれる人だ。「施設を考えている」と口に出すことは、逃げではない。

2. 「施設に入れる=見捨てる」は間違っている
在宅で限界まで頑張ることが、必ずしも親への愛情ではない。施設のスタッフは24時間、専門的に関わってくれる。深夜に怯えていた母が、3ヶ月で落ち着いた。在宅では実現できなかったことが、施設で実現した。

3. 罪悪感は薄れる。でも消えない。それでいい
完全に消えることはない。でも薄れる。そして薄れていくこと自体が、「あの選択は間違いじゃなかった」という答えだと、今は思っている。

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介護についてもっと知りたい方へのイメージ

介護の孤立や、誰にも言えなかった葛藤については、ピラー記事「介護中の孤独、誰にも言えなかった。あの3年間の話」で詳しく書いています。また、施設への移行を検討するタイミングについては「親を施設に入れるタイミング」も合わせてご覧ください。

石井つかさ|ひとりで両親を看取った経験から、kaigo.lifeを運営。在宅・施設・看取り・相続まで、介護10年のリアルをお伝えします。